何者にもなれなかった10代の私へ。遠回りも無駄ではなかった

教室でノートを前に考え込む制服姿の女子生徒

遠回りしたけど、」は、うまくいかなかったこと、迷ったこと、すぐには形にならなかった経験を、事業や発信を整える視点へつなぎ直すシリーズです。感情だけで終わらせるのではなく、遠回りしたからこそ見えてきた判断基準や、続けるための考え方を記録しています。

10代の頃、私は自分が何者になりたいのか、はっきり言葉にできませんでした。漫画を描くことも、小説を書くことも、広報の仕事に触れることも好きだったのに、どれもひとつの肩書きにはならない気がしていました。

履歴書の特技欄に書けるものが見つからず、好きなことはあるのに、胸を張って「これが自分です」と言えない。そんな中途半端さに、ずっと違和感を抱えていたように思います。

けれど今振り返ると、ばらばらに見えていた経験は、言葉で価値を整理し、必要な人に届く形へ整える今の仕事につながっていました。何者にもなれなかったと思っていた時間は、遠回りではあっても、決して無駄ではありませんでした。

この記事では、ひとつの肩書きに収まれなかった10代の経験が、今の仕事につながるまでを振り返ります。

ひとつの肩書きに収まれなかった10代

教室の窓辺でペンを持ちながら考える制服姿の女子生徒

幼い頃から、絵を描くことや物語を考えることは好きでした。漫画家になりたいと思ったこともあります。けれど、絵が飛び抜けてうまいわけではなく、スクリーントーンをきれいに貼れるわけでもない。好きではあるけれど、それをそのまま将来の肩書きにできるほどの確信はありませんでした。

小説を書いていた時期もありました。ライトノベルに夢中になり、自分でも物語を書いてみる。登場人物を考え、場面をつくり、言葉を並べる時間は楽しかった記憶があります。それでも、作家になれるほど文章が上達している感覚はなく、ここでもまた「好き」と「仕事にできる」のあいだに距離を感じていました。

将来の夢や特技を聞かれるたびに、私は少し困っていました。何もないわけではない。けれど、これですと言い切れるものもない。漫画も、小説も、表現することも好きなのに、ひとつの名前にまとめようとすると急に自信がなくなる。

当時の私にとって、その状態は「何者にもなれない」という不安に近いものでした。周りの人が少しずつ進路や夢を言葉にしていくなかで、自分だけがどこにも定まらないように感じていたのだと思います。

ばらばらに見えた経験がつながり始めた

ノートにペンを走らせる制服姿の生徒の手元

その後、ひらかたパークの宣伝広報の仕事に就きました。そこで初めて、好きだったことが仕事の中で少しずつ形を変えて現れていることに気づきました。

漫画で考えていたのは、場面の見せ方でした。どの順番で見せると伝わるのか、どこに視線を集めるのか、どんな表情や背景があれば印象に残るのか。小説で考えていたのは、言葉の流れや、登場人物の背景、読者がその世界に入っていくための順番でした。

広報の仕事も、根本にあるのは同じでした。誰に、何を、どの順番で届けるのか。見た人がどう受け取り、次にどんな行動を起こすのか。情報をただ並べるのではなく、受け取る人に伝わる形へ整えることが求められました。

それまでばらばらに見えていた漫画、小説、表現への関心は、すべて「伝わる形に編集すること」につながっていました。ひとつの肩書きにはならなかった経験が、広報という仕事の中で、少しずつ意味を持ちはじめたのです。

遠回りしてきたから、今の仕事にたどり着いた

黒板の前に置かれた黒板消しとチョーク

今の仕事は、あの頃の自分が思い描いていた職業名とは少し違います。漫画家でも、小説家でも、広報担当者でもない。けれど、言葉を扱い、情報を編集し、価値が届くための導線を考える仕事をしています。

現在、社会事業開発ACTIONでは、事業や活動の価値を整理し、言葉やサイト、記事、資料などを通して、必要な人へ届く構造をつくることに向き合っています。

ACTIONが運営するローカルメディア「Re:HIRAKATA」も、その実践の一つです。地域の情報をただ紹介するのではなく、そこにある背景や空気感まで含めて、読者に届く形へ整えることを大切にしています。

ひとつの肩書きに早くから定まらなかったことは、当時の私にとって不安でした。けれど今振り返ると、漫画を描こうとした時間も、小説を書いた時間も、広報の現場で悩んだ時間も、すべて今の仕事の土台になっています。

何者にもなれなかったのではなく、ひとつの名前では説明しきれない仕事に向かって、遠回りしながら進んでいたのかもしれません。

遠回りしたからこそ、まだ言葉になっていない価値や、うまく届いていない想いに気づけるようになりました。だから今は、同じように自分たちの価値を言葉にしきれずにいる事業者や地域の取り組みに対して、伝わる形を一緒に整える仕事をしています。

迷いの先に、仕事の原点があった

何者にもなれなかったと感じていた時間は、あとから振り返ると、事業や仕事の考え方を形づくる土台になっていました。

社会事業開発ACTIONは、そうした遠回りの中で見えてきた「価値あるものが、必要な人に届かない構造」への問題意識から生まれた事業です。

代表メッセージでは、ACTIONを立ち上げた背景や、地域・事業・生活者をつなぎ直すために大切にしている考え方を紹介しています。


CONTENTS
情報過多の時代に、価値が届かない構造をどう変えるか。堀寛未が見た小規模事業者の情報流通課題
後発のローカルメディアは、先行メディアと同じ土俵で戦わない。Re:HIRAKATAで考えた差別化と運営戦略
情報発信が型に回収される時代に、言葉の温度をどう残すか。煽りではなく、信頼で届く文章を考える
暮らしを削らずに働き続けるための、時間と場所の設計
子どもの行事を、事業運営の前提にするということ


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堀 寛未

社会事業開発ACTION代表。大阪府枚方市を拠点に、広報・ブランド設計・情報発信支援を行っています。ローカルメディア「Re:HIRAKATA」では、取材・記事制作・発信設計を一貫して担い、事業や地域の取り組みを、伝わる言葉と構成に整えることを得意としています。

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